バンクーバー
JTOタイトル

日本語教師JTO カナダ編1

 

第四話

バンクーバーでの一発目。

 

第七話

日本語教師養成講座。

第五話

ワーホリを楽しむ。

 

第八話

ファーストネーション。

第六話

興奮の説明会。

 

第九話

生徒、第一号さん。

 
 第四話.バンクーバーでの一発目。

Vancouverワーホリのビサが届き、あたふたと出発。目的地、バンクーバー。
二週間ほど過ぎ、バンクーバーの生活にも大分慣れてきた。日本語教師については時差ぼけの頭の中にボヤ〜ッと、蜃気楼のように浮かんでは消え、消えては浮かんでいた。その頃日本語の新聞の広告欄を見ていると、「日本語教師募集!」の字が。そのほかにも、「日本語教師ボランティア募集」などなど。その中でも、「○○日本語学校、日本語教師募集中」の広告を見たとき、Martyの鼓動は高鳴った。さっそく日本語学校に電話をかけてみる。自分が今まで勉強してきたことや、経験してきた事に、ちょっとだけ尾ひれをつけ、アピール。しかぁし。あえなく撃沈。というのは、ビザの期間が足りないからだった。
・・・・もしかして、そういう理由にして断ったのかもしれない。でも確かにその通りだった。コチラの新学期開始時期は9月から。Martyのビザの期限はは1月。とても中途半端だ、というわけだったのだ。
しかも、バンクーバーにはたくさんの日本語学校があるが、日本で言う日本語学校とは少々違う。
ここでは、日本語を使って、小、中学校の授業をする。つまり、日本語という外国語を勉強するのではなく、もうすでに日本語が話せる子供達に日本語の維持を中心に勉強させてしている学校だった。それでも、週一回は外国語としての日本語クラスがあり、そこのアシスタントの募集もあった。
でもやっぱり、日本語教師としての自信。Martyには、何回も言うようだけど経験もなかったし、自信がなかった。もう少し日本語教師に関して、知識と経験を積まなければこの不安が解消されないのはわかっていた。
Martyは一旦、諦めた。

 
 第五話.ワーホリを楽しむ。

Granville Bridgeせっかくワーホリで来たのだから、とにかく楽しもうと思った。
まずは語学学校。英語のお勉強だ。Martyにとっては今から文法を習うよりも、ヘンな文法でもコミュニケーションをはかる方が断然必要だった。そういう学校を選び、とにかくシャベルことに専念した。その授業の中で、
「みんなは何の為に英語を勉強しているんだい?」という先生の質問をよく受けた。他の生徒たちは「貿易関係の会社に行きたいから」とか「英語の先生になりたいから」という返事をしていたが、Martyの「日本語の先生になりたいから」という答えにはちょっと合点がいかなかったようだ。その後いつも「ここ、カナダで。」という言葉を付け加えていた。
こういう語学学校は、実はMartyにとってとてもいい経験になっていた。というのは、英語なり、他の言語なりを学校に行き、生徒として勉強したことがあると、教わる生徒の気持ちがよくわかる。これを教えるときに逆の立場で考えられる。もしくは今、授業で先生がやっていることをそのまま日本語の授業に使う事も出来る。
人に何か教える前に、自分がまず人から教わってみるのもいい経験だ。・・・・ちょっと偉ぶっちゃったね。

その後学校が意外と楽しくて、延長までして英語の勉強をした。その時からちょっと気付いていたのだが、日本語新聞に載っていた「日本語教師養成講座」という文字が目につき始めていた。興味津々だったが学校もあったし、腰も重く、後ででイイヤ、な〜んて思っていた時、同じクラスの日本人の友達が、その養成講座を受講した、ということをキャッチ。さっそく詳しく聞き、情報を仕入れに入った。その子の話だと、とってもいい先生で楽しい授業だよ、ということ。次の日教科書も見せてもらい、そのうちこの講座を受講しようかな、と思い始めていた。

学校を終了した段階で、そろそろ働いてもいいなじゃいか、なんて思っていた。せっかく働けるビザがあるんだものね。日本語教師として、と言いたいところだが、まずは当面自分のできる仕事から探し始める。日本語新聞の広告を見て、早速応募。初めて英語でレジメを作る。日系のお土産屋さんだったので、日本語のレジメも一緒に作る。初めての、記念すべき第一件目の会社だった。すぐ採用。その仕事が一年後の今も尚続くことになるなんて、その時は思いもしなかったわ。Martyの就職活動はそれで終わった。
このようなお土産屋さんを含む観光関係の仕事は、大概10月末の、サマータイム期間いっぱいまでは忙しい。ワーホリ、パートのおば様達は10月いっぱいで仕事が終わる。その後冬の間、ワーホリの人は違う仕事を探したり、パートのおば様達は失業保険をもらい、来年の4月のサマータイム開始時期まで待機している。Martyも10月末でとりあえず仕事が終了。やっと、やっと、あの講座に通う時間ができた。

 
 
 第六話.興奮の説明会。

バンクーバーには何件か日本語教師の養成講座を開いているところがある。Martyが行こうと思っていたところはメトロタウンというところにある、「矢野アカデミー」。実は別の友達もここを卒業し、とてもよかった、と言っていた。非常に気になる学校だったのだ。

Yano Academyまずは直接訪問し、先生にお会いする。10人も入ったら窒息するんじゃないか、と思うくらいの小さな部屋だった。壁にはその講座を卒業した生徒の写真がズラッ、と貼ってある。500人ほどここを卒業していったそうだ。本題に入る。簡単に説明を聞く。無料。簡単、といっても正味1時間も日本語に関してのお話を聞くことができた。「とっても人のいいおぢさん」、がMartyの第一印象。しかし、この1時間だけで、Martyの今までの日本を教える、ということに関する常識がガラガラと崩れ落ちた。
「『おはよう、こんにちは、こんばんは』と、挨拶を教えるとき、丁寧に言いたいから『おはようございます』って言うよね。それじゃ『こんにちはございます』って言う?言わないでしょ?どうして?生徒にもしそう聞かれたら、どう答えます?」
私達日本人にとって、とても簡単、というより気がつきもしなかったことだが、逆に今まで考えたことも無かった。
「親に『コンニチハにはゴザイマスは付けちゃダメッ』って言われた?」
「・・・・いいえ」
「ふんふん、それじゃこれは?」・・・・先生、とても楽しそうに質問してくる。
「Martyさんの生徒さんがバイトを始めました。朝は『おはようございます』、昼は『こんにちは』、夜は『こんばんは』という事は知ってる。そのバイトが夜の焼き鳥屋だったとします。生徒が、夜は『こんばんは』だ、と習ったのに、周りのバイト仲間の日本人はみんな『おはようございます』と言って仕事に来ている。でもお客には『こんばんは』と言っている。これはどうですか?」
「・・・え〜っと、それは・・・、会社の人にその日初めて会ったから『おはようございます』に・・・なる・・・のかな?・・・?」Martyはすっかり自身がなくなっていた。
「あら、そう。それじゃ、これはどう?Martyさんはどこかの会社員です。休日に、そうね、夜会社の外で同僚に会いました。何て挨拶します?」
「・・・・こんばんは。」
「でしょ?どうして『おはようございます』じゃないの?会社の人にその日初めて会ったのよ。」
「・・・・・・・・。」
先生のお話はマダマダ続く。
「それじゃこれはどう?『テーブルに上にりんごがあります。』を英語で言ってみて。英語、得意?」
「え〜と、There is an apple on the table.」
「すごいね、英語、大丈夫だね。あれ?でも私、りんごが1つあります、なんて言ってないよ。『そのうちの1つを食べました。』と続くんだけど(笑)。」
はっ、引っ掛けられた。Shuzo Yano
「そうなのよ。英語では1つか複数か、ってとっても大事なことなんです。でも日本語はどうですか?そんなの、ぜ〜んぜんかまわないでしょ。」
うんうん、その通り。
「でもこれはどうです?もし生徒が『テーブルの上にりんごがイマス。』と答えたら。これ、嫌ですね。日本人がこれを聞いたら許せないですね。わざと言わない限り言えませんよね。」
Marty、ただただ聞くのみ。
「ふふふ、そこなんですよね、日本語を教える、ってことは。つまり、日本の文化を知らなくては、日本語を教えられないの。」

初めての、たった1時間の説明だったが、これだけでMartyは興奮してしまった。そして、この先生はきっとMartyの不安を取り除いてくれるに違いない、と確信し、さっそく講座の手続きをした。

 
 
 第七話.日本語教師養成講座。

この日本語教師養成講座は全部で8回。1回2時間半の授業なので、結構勉強し応えがある。週2回の授業を4週にわたり、約1ヶ月で終わることになっている。受講する人も様々で、学生、ワーホリ、移民、時には外国人(日本人以外の方)など。Martyは第86期生だった。受講した時一緒に授業を受けた仲間は自分を入れて7人。これは大人数に値する。これは「基礎編」で、「基礎編」が終わった人で興味がある人は、引き続き「上級編」も受講できる。「上級編」のほうは、希望者が集まればやるという、神出鬼没の講座である。ちなみに「上級編」は6回のコース。
さて、講座が始まり、授業が進むにつれ、Martyたちは時々錯覚を起こしていった。「日本語の教え方」を習っているはずなのに、いつの間にか「日本語」それ自体を教わっているのである。先生も「ちょっとちょっと大丈夫?」という顔をしながら、でも楽しく授業は進んでいった。ちょっと楽しすぎて脱線し、Martyたちのクラスは授業がなかなか進まず、丸々一回分授業を延長しなくてはならなかったほど。「こんなクラスは初めてだよ」と先生も嘆いていらっしゃったわ。ごめんなさい、せんせい。
基礎編 教科書さて、この「基礎編」の内容だが、日本語教育で必要な知識、用語、方法等をきちんと習える。
例えば「形容詞」。「大きい」「小さい」などを「形容詞」と習った。「便利な」「有名な」などは「形容動詞」。・・・・覚えていますか(笑)?
日本人は、国語の国文法の時間にそれぞれこのように習ったが、これを外国人に教えるときはこのまま、というわけにはいかない。もっと簡単に、わかりやすく教えるため、日本語教育では「形容詞」は「い」で終わるから「い形容詞」、「形容動詞」は「な」で終わるから「な形容詞」と教える。これは形容詞の例だが、動詞など、このようにまったく別の形で外国人に教えるのだ。つまり日本語を、まったく外から見た「外国語」として教えなくてはならない。こんなにもきちんとした教え方があるなんて知らなかった。通信教育で勉強したはずなのに、自分で勉強するのと人から教わるのとで、こんなにも違ってくるなんて思いもしなかった。
「矢野アカデミー」での約1ヶ月の講座は、Martyにとって非常に貴重で楽しく、そして「日本語教師」というものを将来の職業として、ホンキで考え始めるきっかけになった講座だった。
通信教育の時は勉強しただけで終わってしまった。ここの講座も受けっぱなしにしたくなかった。ここで受けた内容を忘れたくなかった。そのためには?実際教えることだった。でもやはりMartyには自信がない。最初は矢野先生の教科書を見ながら教えることになるのだろうか。経験って、ついていくものなのだろうか。講座を受け終わってからも、新たな不安や心配がでてくる。それ以前にMartyの元で日本語を習いたい人が現れるのだろうか。
色々考えていたがとにかく前に進む事にし、続けて神出鬼没の「上級編」を受けることにした。「上上級編 教科書級編」は「基礎編」の復習と、初級レベルが終わった生徒の為の応用授業の仕方、そして模擬授業もさせてもらえる。クラスメイトはMartyを含んで3人。その中の1人は台湾出身の女性だった。自分の日本語力アップのためにコノ講座を受けていると言う。もちろん「基礎編」は終了している。確かに彼女の日本語はまったく問題なかった。その後の話だが、彼女と一緒に日系のお土産屋さんで働く事になる。これまた、縁。
その「上級編」を受けている最中に、Martyにとってとてもいいチャンスが巡ってきた。ある日先生が「ちょっとお手伝いをしてもらいたいんだけど。」と聞いてきた。どうやら日本語を教えるお手伝いのようだ。お相手は、「ファーストネーション」。・・・・・「ファーストネーション」って?

 
 
 第八話.ファーストネーション。

「ファーストネーション」・・・・先住民。コノ言葉は比較的通常使われる言葉。別な表現だと「インディアン」。コノ表現はあまり好ましくないらしい。たぶんテレビの放送コードにひっかかる。彼らの歴史はアメリカと同様で、他国の民族が入ってきて、彼ら独自の文化、言語までも同化されてしまった。新しい文化にどんどんおいやられ、挙句の果てに彼らだけのテリトリーで生活するようになる。カナダの政府もそういう彼らに援助をしており、例えば公共の乗り物はタダ、時には専用のアパートまで作ってもらえる。カナダ政府としては彼らの領土を侵した罪滅ぼしをしているつもりなのだろうが、それがさらに民族差別につながってもいる。彼らのなかにはこの政策にドッカリとシリモチをつき、何もせず、ただ補助だけで暮らしている人もいる。得てしてそういう人達は悪の道に引きずり込まれやすかったりする。そしてその手のニュースを大きく取り上げたりして彼らの印象を悪くしている。特にパッと見で「ファーストネーション」とわかる容姿(黒く長い髪、浅黒い肌・・・日本人に似てるのよね)だとそれだけでつらいのではないだろうか。逆に白人達は、このような政策こそが差別だという。このような問題がカナダにあるなんて、ここに来るまで知らなかった。
特に「ファーストネーション」の若者達が将来に希望を持てず、挫折し、自殺するという事件まで起きているという。何百年前のことが今もなお、尾を引いている。
そんな彼らに希望と夢を持ってもらおう、というプランが立てられた。なんでも、彼らの中の1人が日本に行き、立派に成功した例があるという。そのようなチャンスを作ってあげよう、というもの。彼らの、色々な部族から優秀な若者を集め、日本のホテルで研修させるという企画だった。基本的にはワーキングホリデーのビザで日本に行く。その前に多少日本語の勉強が必要になり、矢野アカデミーがそのお手伝いをすることとなったのだ。その期間約1ヶ月。

firstnationMartyはドキドキしながら教室へ行った。ちゃんと教えられるかしら。どんな生徒が勉強しに来るんだろう。これって、もしかして日本とカナダの掛け橋になるんじゃないかな・・・。いろいろな事が頭に浮かんだ。そして6〜8人の生徒と出会っ時、ここでMartyはまた自分に偏見があった事に気付く。「ファーストネーション」というので、いわゆるモンゴロイド系の生徒を想像していた。ところが、来た生徒の2人だけがソチラ系で、あとは普通の白人と変わらなかったのだ。彼らも色々と血が混ざっている。
みんな仕事をもっており、遠くはバンクーバーアイランドからも来ていた。遠くから来た生徒は今の自分の仕事を辞めて来ている。さらに友達の家に居候してこの授業に参加している。失業率が高い中、今の仕事を辞めてまで日本で働いてみたい、という彼らの気持ちは賞賛に値する。
授業のほうは、数ヶ月前に1ヶ月間だけ「あいうえお」を含む基本的なあいさつは勉強していたので、今回は少しその復習と応用、形容詞、動詞などを勉強することになった。生徒一人一人に矢野アカデミーの卒業生が付き、マンツーマンの授業になった。だから教室はもうキツキツ。二酸化炭素の濃度が高かっただろうな(笑)。
さて、さすが選ばれた生徒だけあって、みんな飲み込みが早く、あっという間に覚えていく。質問も的を得ていて、真剣に勉強していた。英語とまったく相対する位置に存在する日本語。かなり難しかったと思う。クリスマスシーズンだったので、何人かは部族のイベント(?)に出席しなくてはならなく帰省した生徒もいたが、それでも何人かは残って一生懸命勉強していた。
Martyもできるだけ授業に参加し、日本語教師としての経験を積みたかった。でも初めて生徒と一対一で向き合い、会話の相手になった時はとても緊張。彼らはほとんど初心者なので、日本語の練習時以外はみんな英語だし、しかも早いし、Martyはしゃべれないし、ドット疲れちゃった。けど一つ一つ覚えていく姿を見て、なんだか母のような気持ちになった。みんなガンバって、日本でいい経験してきてほしい、それだけを願った。
Martyの日本語教師としての自信も、今回の授業でちょっとだけついた。ついた、というより、習った事を確認できた、というところだろうか。でもたくさん教えなければならないことがある中で、ほんの「点」のような部分だけしかできなかったので、これを「線」にし、「面」にしていくにはきちんと1人、まったくの「0」から教えることが出来る生徒を見つけなければならない。そんな奇特な生徒が現れるのだろうか。生徒にとってはまさにMartyの実験台。かわいそうかな、と思う反面、この第一号の生徒がいなければ、いつまでたっても先へと進めないのである。これはきっと、すべての現役日本語教師の先輩方が経験してきていることでもあるしね。
そしてその奇特な生徒、第一号がひょっこり現れた。

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